ヒビノヒトコマ

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2015年 11月 01日

そよぎ

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少しほっとしています。






人を嫌う感情は自分も相手も損なう。
それがわかっていてとらわれてしまって。
「嫌う」は「好き」と同感情なのかもしれない。
 
「嫌う」「好き」もとても強い感情。
それがつらくなると 人は無関心となる。
その無関心が一番悲しいような気がするが、それも自分を守るためなのだろう。

わたしの欠点のひとつは他者への好悪の感情が激しいこと。
これを解決しないと善く生きたといえないと思っている。
人生を長く生きた年長者にそれはあなたの損にもなるから直さないといけないよ、と諭されて自覚しているものの、
それは本当の自覚ではなくて。

私が感じる嫌だな、という人の言動に対する感情は他の人もどうやら同じように感じているらしい。
それをさらっと流せるか流せないか、そのあたりに違いがあるらしい。
私は、「無関心」ということが苦手なのだと思う。

「好き」「嫌い」「無関心」の感情に翻弄されるということ、まことに人間らしいといえば人間らしいけれど、
未熟であるということには間違いがない。
未熟ということは若さであるけれども、私の年齢ではそれは幼さというか育ちきれない愚かさでしかない。

日々そんな自分の愚かさを感じることは案外苦しくて、
どこかにその出口はないものだろうかという気持ちをいつも持っている。

一つに宗教という道があるように思うけれど、まだ出逢えていない。


一つの場所が終わって、月曜日から新しい場所。
その合間の二日間。
久しぶりに好悪や無関心の感情から離れて、ただただ家にいて食事を作ったり、猫を眺めたり撫でたり、かわいいねと声をかけたり、
鳥さんを放鳥して肩に止まらせながらこうしてパソコンに向かったり、
静かな静かなわたしの時間。
この上なく幸せ。

それも糊口を凌ぐための労働でのちょとした辛さやしんどさがあるから感じられる幸せ。
来週からまたどんな人間関係になるか、感情が揺さぶられるのかわからないけれど、
この週末の二日間はとてもとても穏やかで人間らしい時。
また頑張れる気がする。



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by nekototorito | 2015-11-01 04:55 | 淡々と日々のこと


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