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ヒビノヒトコマ

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2013年 09月 05日

向田邦子

隣りの女 (文春文庫 (277‐4))

向田 邦子 / 文藝春秋



一人ぼっちの夏休み。
向田邦子作品を沢山読む。
子供の頃見ていた「あ・うん」とか「阿修羅のごとく」とか、言葉に出来ない怖さのようなもの、女性たちの不思議さ、強さそんなものをドラマで垣間見ていたけれど、小説を不思議と読んだことがなかったのだった。

友人と本の話をしていてふと向田邦子の話題になり、初めて手に取ることとなった。
数冊夢中で読み、もう読んだのがしばらく前なので、頭がぼけているネジの外れている記憶力にちょっと問題のある私なのでここで詳しく書けないのだけれど。(そのためにもその場で書きとめるということをしたくてブクログをしているのに面白い本があると書いているより次!次!と読みたくなってしまうのだ。
でも詳しい内容は覚えていなくても良い。
思ったことを書き留めておかなくても良い。
面白い!と単純に快楽の時間が持てることが私には嬉しいのだから。

白石一文さんとか、ああいうもう自分の思ったことを言葉にして分析しなければいられないという本も大好きなのだけれど、向田さんの本は言葉ではなくて、行動とかふとした行為とか、言葉に出来ない何かを読者に感じさせる世界なのだと感じ入る。
言葉に出来ない世界、でも何かうん伝わってくる、ぞわりとしたり、クスリとしたり。
分析したりしないありのまま。
そうそう、過去に書いていた日記とかでやたらに自己分析しなくてはいられない時期があった。
今読み返すと恥ずかしくて仕方がない。
自己分析なんて一つの解釈でしか無く、そこに何の意味があるんだろうと今は思うのだけれど、
あの時期はエネルギーが余っていたのだろう。
今の私は全く自己分析ということを必要としなくなってしまった。
今白石さんを読んだらどんなふうに感じるかしら、そんなことも思う。

向田小説、好きになりすぎた理由の一つが、懐かしい、、、何しろ懐かしいのだ。
若くして亡くなられているので永遠に中年期のままの向田さん。
年齢は父よりも6つも上。
家族や昭和の生活というものを中心に書かれていらっしゃる。
私が味わったのよりちょっと上の世代。
祖母が語り部のような人で、祖父と知り合った時のこと、戦時中のこと、子育てのこと、それはそれは事あるごとに語って聞かせる人であった。
この祖母と私は似ているのだけれど、何しろ影響を受けた人。
向田邦子の世界は祖母から語り聞かされた世界そのまま。
夏休みの数日間向田邦子に傾倒した時間はそんな祖母との時間の空気を纏ったもので、
とても幸せな読書となったのであった。

昨晩クローズアップ現代で向田邦子さんが取り上げられると教えてくれた人がいた。
家族で見る。
酔っ払って見ていたので記憶が定かではないが(久しぶりに度数の高い焼酎を飲んでしまったのが失敗であった)向田作品の中にある言葉の美しさや、また物を大事にする様が今、向田作品が見直されている一つの要因とのこと。

「ご不浄」という言葉が取り上げられていて、ああそうそう、懐かしい。祖母はご不浄と言っていた。
一人でうわん懐かしい懐かしい!と騒いでいた。
ふと息子に「ご不浄」って意味知っている?と聞いたら知らないと。漢字で教えてくれたら想像できるかもと。
ご不浄という言葉を使う文化は私の子供には伝わっていない。
不浄はわかるが何故御がついているのだろうかとか、ワチャワチャと話をする。
昭和の初期の美しい言葉、たまに思い出すのも良いものである。
その視点からまた向田作品を読んでみることにしよう。

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向田さんは男の子の猫ばかり飼っていらしたという。
私は女の子しか飼ったことがない。
男の子の猫は何故か苦手。
藤田嗣治の猫のエッチングを居間に飾っていらしたという。
大好きな藤田。
私もいつかいつか!

藤田嗣治画文集 「猫の本」

藤田 嗣治 / 講談社



少し前にこの本の好きなページを切り額にいれようとしたら娘に本を切るなんて!と叱られて諦めた。
藤田嗣治展がしていたら、少し奮発して大きなポスターとかを買ってこよう。

by nekototorito | 2013-09-05 06:54 | Comments(0)


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