2017年 02月 20日

「沈黙」

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一週間ほど前の御苑。
入り口の蝋梅は盛りを過ぎていました。
当たり前ですね。もう春ですものね。

遠藤周作の「沈黙」の中にあった表現、雲母のような陽光、、、、うろ覚えですが、素敵だなあと。
季節はいつだったのか、最近とんと記憶力が、、、、、
でも雲母のような光というのはやはり冷たい澄んだ清冽な空気の中でこそなのだと思うのですが。

少し前に映画と小説をほぼ同時に。
感じることは沢山あれど、最近言葉が本当にでてこなくて。
頭を鍛えるためにも文章にしようと思っていましたが、時間ばかりが過ぎてしまって。

原作と映画両方を見たり読んだりすると、どうしても片方が良くないと感じることが多いのですが、
「沈黙」と「サイレンス」は互いを補完し合うと言うか、
原作では感動しなかった場面、隠れキリシタンの農民たちがパードレで出逢うところで、涙が出たり、
原作を読んでいて映像が蘇りその心情が生きたものとして感じられたり。
残念ながら映画は日本で撮られたものではありませんが、その頃の日本に似せているであろう自然の様子、
蝿やセミの声、全てが生きたものとして小説の世界をさらに生き生きとしたものにしているように感じました。

悲惨ではありますし、当時の農民の貧しさが胸をつきますが、
とてもとても美しい映画でした。
それは信じるという行為の美しさなのかも。

信じるという言葉はうわついているけれど、信じるという行為はとても難しくて重い。
信じるということは真実であるかどうかではなくて、自分がどう思うか選び貫くことなのかしら、、、とか。
つらつら。覚書。



by nekototorito | 2017-02-20 07:36 | 映画 | Comments(0)


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